纏・木遣り

纏とは Matoi

纏とは

江戸時代に町火消が用いた、自分たちの組であることを示すもの。纏は各組により様々な意匠が凝らしてある。概ね、上部に組を表す頭があり、馬簾と呼ばれる房飾りがついている。下部は木の棒になっていて手に持って使います。

江戸時代の江戸では、武家屋敷で発生した火災は大名と旗本が消火活動にあたり、町人が住む地域の火災は町人の手による消火活動が行われていました。

江戸の大半を焼失する明暦の大火後の1658年(万治元年)には江戸中定火之番(定火消)が設置された。火災時には旗本が火消屋敷に常駐している臥煙と呼ばれる消防員の指揮をとり出動していたが、その際に用いた馬印が、纏の始まりになったといわれています。

消火活動においては、「纏持ち」と呼ばれる火消がこれを持ち、風下の屋根の上にあがり、放水や建物の破壊など消火活動の目印としてなどして用いられました。

木遣りとは Kiyari

木遣(きやり)は、労働歌の一つ。1202年(建仁2年)に栄西上人が重いものを引き揚げる時に掛けさせた掛け声が起こりだとされる事がある。掛け声が時代の流れにより歌へ変化し、江戸鳶がだんだん数を増やした江戸風を広めていきました。